一貫性にしがみつく愚かさ
【影響力の武器から、私が読みやすい様に文言を変えたりしています】
機械的な一貫性にはもう1つもっと手に負えない魅力がある。時には私たちは考えるのが辛いからではなく、考えた結果が不快だからという理由で、考えるのを避ける。
◆ある怪しい瞑想プログラムの会場で・・
  • バックエンドで「空中遊泳、壁のすり抜けができるようになる」講座がある(75ドル)
  • 統計学と機能論理学を専門としている大学教授の友人とともに参加。
  • 沢山の参加者がいる中、主催者の若者2人に、友人は論理的に矛盾点を説明。2人の主催者の若者は激しく動揺。 
  • その質疑応答のあと、予想もしない行動を取る。バックエンドの75ドルを支払うために、多くの列が作られた。入会の為の講演は大成功。

    聴衆は、同僚の理詰めの話を聴いて、入会を遠慮する、もしくは、同僚の話が全く理解できていなかったのだろうと思っていたが全く逆。

    みんな、今の悩みを解決するのがその瞑想プログラムであると決めていた。これこそが問題を解決するものだと無意識で決め付けていた。

    そして、瞑想会参加したとき、私の友人が理詰めで間違ったこと(理屈ではそちらの方が正しいが)を言っている。

    筋が通っている話を聞きながら、自分が信じたことが覆されろうとしている。何か手を打たなければならない。。。

    「そうだ申し込もう!お金を払ってしまえば、考えることを逃れることができる!これが間違っていたら、また元の悩みを抱えてしまうんだ。瞑想しかないんだ」と言う決断になった。

    影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか